転機が訪れました。
師匠の師匠が運営しているというチームに、入れていただけることになったのです。

正直、チームに所属している人たちを舐めていました。
それまで、私は誰かと組もうなんて考えてもいなかったし、そういう経験もありませんでした。
どうせパッとしない人の集まりだろう、と高を括っていたのです。

ところが、それは私の間違いでした。

そのチームは、能力の高い人たちばかりでした。
月商は1000万円が当たり前、中には2000万円を超えている人もいました。
もちろん一人で稼ぎ出した額です。
これは当時の話で、現在では組織化して月商5000万円の成果を上げている人もいます。
なんとも恐れ多い話ですね。

そこで出会った講師の方、仲間や同僚は、私にとって最高の財産です。
講師の方に言われた
「青さんも早く月商1000万円の結果を出して、講師になりなさい。今とは違う世界が見えてくるから」
という言葉は、忘れられません。
師匠も「全力で稼がせてやる」と約束してくれました。
コンサルティングを受けられる期間は半年です。
もう、私は何がなんでも月商1000万円を目指そうと決意しました。
しかし、その道は険しいものでした。苦労はまだまだ続きます。

まず、時間がないのです。
妻は朝早くから19時過ぎまで働いていたので、当時子どもを保育園に送迎するのは私の役割でした。
夫婦ともに実家が遠方のため、親が手伝いに来てくれることも滅多にありません。
保育園に子どもを預けられるのは17時30分まででした。
「パートくらいの稼働時間で、1000万円なんて売り上げを出せるのだろうか」
私は時間のやり繰りに悩みました。

妻とも何度も話し合いました。
時には口論になり、「俺はもっと走りたいんだ。走りたがっている馬を何で走らせないんだ」
と気持ちをぶつけてしまうこともありました。
仕入れや売り上げのリサーチに加え、日々の家事と育児でとにかく時間が足りませんでした。

ただ、せどりに関しては、相場や商品の知識もつき、リサーチ力は確実に上がっていました。
正しいせどりの方法を実践していたからです。
売り上げは、500万円~600万円を推移していました。
「1000万円やってやる」と意気込んでいましたが、まだまだ先が見えません。
果たして本当に目標を達成できるんだろうか。不安と焦りが募ります。
しかし、自分でやると決めたことは投げ出したくありませんでした。
早く講師の人や師匠に追いつき、今と違う世界を見たいという一心で、私は走り続けました。

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